AI の処理速度の追求を止める: 最優先は手戻り解消
AI そのものの処理速度を追求すれば、コストのかかる手戻りが発生し、悪循環に陥ります。リーダー企業は、自動化されたアウトプットの追求から、揺るぎない人間の判断力を養うことに軸足を移す必要があります。
Liz Pavese
職場心理学者
Workday
AI そのものの処理速度を追求すれば、コストのかかる手戻りが発生し、悪循環に陥ります。リーダー企業は、自動化されたアウトプットの追求から、揺るぎない人間の判断力を養うことに軸足を移す必要があります。
Liz Pavese
職場心理学者
Workday
人財採用現場は、揺るぎない人間的スキル、すなわち共感力、批判的判断力、大局的に物事を理解する力が何より重視される時代を迎えているという企業の経営陣の声を聴く機会が増えています。しかし、業務の実態とこの理想の人財は完全に乖離しています。企業は依然として、企業全体を運営するために人間と AI が共に働く働き方を再考するのではなく、手間のかかる細々とした作業の自動化にばかり力を入れています。また、AIに関しては「処理速度の速さが効率化に直結する」という根本的な誤解があります。
企業はなぜインテリジェントなシステムの導入に失敗するのか?その答えは、経営陣が AI の成果を判断するために必要な人間の判断力が発揮される仕組み作りではなく、AI が成果を生成する速度に依然として過剰に注力しているからです。
Workday のお客様 300 社からの 25,000 件以上の国内外の職務補充依頼を対象に異業種分析を実施した結果、市場の移行状況にかなりの偏りがあることが明らかとなりました。
これまで調整力が重視されていた職務の補充依頼は激減しています。この 9 か月で「プロジェクト デリバリー」を要件とする求人掲載数は 7% ~ 13%、「ラーニングとトレーニング」を要件とする求人掲載数は 14% ~ 20% 減っています。
対照的に、経済の主軸を担う大企業では、AI を実務に応用する能力を要件とする求人掲載数が21% から 130% 急増しました。
インフラ投資の拡大が続く一方で、人間力のある真のリーダーシップの採用需要には、依然として動きが見られません。
現在企業は、変革の過程でチームを導くために必要不可欠な人間力のあるリーダーシップではなく、技術的ツールの導入を優先する「実行優先」の段階から抜け出せずにいます。経営陣は、アウトプットを高速生成する仕組み作りにこの 2 年間を費やし、その仕組みを運用する人間の認知構造に一切目を向けなかったのです。
自社の AI 戦略が、決められた従来の役割に重ねただけの自動化ツール頼りであるなら、それはアジャイルなワークフォースを構築しているとは言えません。むしろ、疲弊し、当事者意識を失い、その場で静かに空回りを続け、前進しない企業を構築しています。
レポート
誰もが間違った問いを投げかけています。この 2 年間、企業の経営陣は「AI ツールによって工数を 30% 削減できれば、業績は自動的に 30% 向上する」という単純計算による思い込みにとらわれていたのです。
これは誤った思い込みであるだけでなく、これによって企業は多大な代償を負うことになります。総効率の指標は、AI 導入がもたらす本質的な価値を徹底的に曖昧にしてしまうのです。人財のやる気を奪い、柔軟性を欠く役割体系を変更せず、社内の仕組みの不備により、無駄な情報が増えているのであれば、時間の節約には何の意味もありません。
生産性を低下させるこの新たな要因は、「ワークスロップ」と呼ばれています。私たちが目の当たりにしているのは、自由な発想で戦略的業務に取り組む能力のある従業員ではなく、断片化された AI ツールを使用して業務を遂行し、低品質な成果物を大量に生成しているチームです。これにより、負担が後工程へと回され、マネージャは何時間もかけて品質確認を行うことを余儀なくされ、他のチームとの間で手戻りが絶えず発生する事態に陥ります。
Workday の調査では、AI 導入に伴う生産性の代償がただの何の根拠もない不満ではないことが明らかとなっています。事実、それは測定できるほどの損失です。AI によって削減された時間の約 37% が、知らぬ間に手戻りに奪われています。
具体的な例で言えば、経営陣が業務効率化により 10 時間節約できたと考えている場合、従業員は、AI によって生成された粗悪なコンテンツの修正、訂正、書き直しに 4 時間近くの時間を奪われているのです。つまり、エンゲージメントの高い従業員 1 人につき年間 1.5 週間分の時間が損失されていることになります。
AI という革命的なシステムの生みの親であるテクノロジー企業の創業者でさえ、この空気を読み始めています。サム・アルトマンやダリオ・アモデイといった起業家は、自らの当初の極めて強気な主張を公に撤回し、人間同士の交流、微妙なニュアンスを考慮した判断、そして構造的な背景に備わっているかけがえのない価値を完全に過小評価していたことを認めています。
AI によって削減された時間の約 37% が、知らぬ間に手戻りに奪われています。
行動科学の観点から考えると、自動化による高速アウトプットと役割が決まった組織体制の間には、構造的に整合していないことが、従業員に深刻な心理的負担を強いています。
生成ツールへの過度な依存は、認知機能や論理的思考の低下といった取り返しのつかない代償をもたらします。ささいな判断を生成 AI に委ねることは、体系的な「認知的オフロード」、すなわち脳内で行われる認知作業を外部のテクノロジーに委ねる行動の常態化を引き起こします。
外部テクノロジーへの依存は、自らの思考を監視し、自己制御し、自動生成されたアプトプットを批判的に評価する人間の基本的な能力である、メタ認知意識を徐々に低下させます。自分で判断する力を鍛えることを止めれば、力は劣ります。
この構造的に整合していない状況は、従業員の心の平静に直接影響します。Workday の指標では、「整合していない中間層」すなわち AI を利用しているものの、実用的なアウトプットを生成するための労力が、AI によってもたらされるメリットを上回ってしまっている従業員の 17% が、日常的に AI に依存することによって、自分の基本的な認知スキルが衰えるのではないかという自発的不安を抱いていることが明らかとなっています。つまり、自分が手抜きをしているという自覚があるため、仕事における自分の存在意義やキャリアに不安を抱いているのです。
さらに私たちは、従業員が人間同士で連携・協力する代わりに、AI とつながりを築くことによってもたらされる危険な心理的代償を目の当たりにしています。最近実施された行動に関する調査では、従業員が AI インターフェイスと一貫性のあるやりとりを続けていると、AI のことを親身になってくれるパートナーと感じ始めることが明らかになりました。
何が危険なのでしょうか?AI インターフェイスは議論しません。自動的に反論するものではありません。常に味方でいてくれ、決して疲れを見せず、人間同士の交流にはつきものの厄介な反応や苛立たしい反応、複雑な反応をすることはありません。摩擦のない人工的な関係へと逃避することで、従業員は企業の複雑な環境(および私生活)の中で対応しなければならない対人関係のおけるアジリティを失いつつあります。
この負担の大部分を背負っているのが、若い世代の従業員です。AI のアウトプットの検証や修正作業を最も多く行っている従業員の約半数 (46%) が、25 ~ 34 歳の従業員なのです。若い世代の従業員は、いつのまにか過酷で目に見えない業務負担を強いられており、77% が 人間による成果物の検証と同じ水準もしくはそれ以上の厳しい水準で AI の成果物の検証を行っています。自分の基礎的なスキルを磨くのではなく、機械の仕事を極めて慎重に編集する役割を担わされ、その状況から抜け出せなくなっているのです。
AI のアウトプットの検証や修正作業を最も多く行っている従業員の約半数 (46%) が、25 ~ 34 歳の従業員なのです。
決められた従来の役割にツールを重ねることにより、価値が損なわれます。AI の技術的機能は飛躍的に進化していますが、働き方の再考はまだまだ一般的に行われているとは言えません。
10 社中約 9 社が、AI を活用する能力を職務要件に含めるため、更新した職務は全職務の半数にも満たないと認めています。
融通が利かず、形骸化した職務・職責にとらわれた従業員は、AI を使って自分の能力やスキルに磨きをかけるのではなく、AI から提供された成果物を安易な近道として受け入れています。これは企業のイノベーションを制限し、職場において深刻な燃え尽き症候群を加速させます。
新しいテクノロジーを安全に導入するため、リーダーには決められた日次チェックリストによる管理をやめ、従業員が新しい働き方に適応できるよう支援しつつ、チームのスキルを柔軟に調整することが求められます。
半年で形骸化してしまう特定のソフトウェア ツールの操作スキルを重要要件とする断片化された職務・職責を作るのは止めましょう。代わりに、論理的思考力や複雑な状況における意味付け(センスメイキング)など、人間の揺るぎない能力に人財エコシステムの軸足を置いてください。
役割の見直しを通して、AI による支援が期待される作業、人間による判断が欠かせない作業、成功の測定方法を正式な形で正確に明確化してください。これにより、ツールへの依存が明確に防がれ、専門家は自立した問題解決能力を養うことを余儀なくされます。これにより、ツールへの依存が徹底的に妨げられるため、専門性を持つ従業員は自分自身の問題解決スキルを磨かざるを得なくなります。継続的な能力開発につながる構造が構築されれば、結果としてアジリティがもたらされます。
削減された時間だけを基準に成功を評価すると、構造上の深刻な問題が見えなくなってしまいます。企業は、速度や処理能力を追跡することを止め、成果に基づく本質的な価値の指標を評価するアプローチへと移行する必要があります。
人事部門は、補充までの期間に目を向けるのではなく、採用した人財がもたらす価値を評価してください。
財務部門は、取引の速度を優先するのではなく、予測精度を測定してください。
オペレーション部門は、総生産量よりも初回歩留まりを重視してください。
企業は、速度や処理能力を追跡することを止め、成果に基づく本質的な価値の指標を評価するアプローチへと移行する必要があります。
従業員と協力して業務やワークフローを構築すれば、変化に対応する上で不可欠な主体性を取り戻すことができます。ジョブ クラフティング (業務を再設計するための従業員主導の主体的なアプローチ) と積極的なセンチメント (感情) モニタリングは、認識された破壊的脅威を成長の糧に変えるのに役に立ちます。
さらに、日常的に従業員の職場での体験に耳を傾けることで、企業の脆弱性を察知できます。どこで業務上の摩擦が生じているかという質問の答えを知っているのは従業員です。また、問題が発生している場所について警告してくれるのも従業員です。ただし、経営幹部は監視していないことを管理することはできません。
経営幹部に求められることは変わっています。インテリジェントなシステムをただ導入するだけではなく、インテリジェントなシステムの成果を判断するために必要な人間のレジリエンスが発揮される構造を構築することも求められているのです。
参考文献
Gerlich, Michael 著"AI Tools in Society: Impacts on Cognitive Offloading and the Future of Critical Thinking."Societies 15, no. 1 (2025 年 1 月): 6. https://doi.org/10.3390/soc15010006
Ho, Jerlyn Q. H.、Meilan Hu、Adalia Y. H.Goh、Emma Jane Pragasam、Andree Hartanto 著"How Consistent Friendlike Conversation with AI Companions Influences Our Attitudes and Perceptions Toward AI: An Exploratory Experiment."Behavioral Sciences 16, no. 2 (2026 年 2 月): 278. https://doi.org/10.3390/bs16020278
レポート