人工知能 (AI) の台頭によってあらゆる産業で人間の仕事がなくなるというニュースの見出しやオンライン メディアを目にすると、否定的な感情を持ってしまいがちです。結局のところ、特に反復的なプロセスや手作業に関して言えば、想定される影響は非常に現実的なものです。
しばしば引用される、オックスフォード大学の Carl Frey 氏と Michael Osborne 氏が 2013 年に発表した研究によると、今後 10 年から 20 年の間に米国の仕事全体の 47% がロボットや自動化テクノロジーに取って代わられると予測されています。また、PwC 社が 2017 年 3 月に出したレポートによると、自動化や人工知能の進歩により、金融と保険セクターの仕事の 32% がなくなる可能性があります。
しかし、少しの間、否定的な話から離れてみましょう。レストランを例に挙げますが、皿洗いの従業員の代わりに食器洗い機を導入することについて、その理由に注目するのではなく、従業員を訓練して他の部署で雇用することを考えるのです。彼らは新しく得たスキルを使って、皿洗いよりも大きな価値を生み出すことができます。
今日のビジネス環境で重要視されているのがこうした点なのです。効率性を継続的に改善する試みは技術的進歩と共に、かつてない変革を後押ししています。このことは EY 社の調査によって明らかになっており、65% の財務リーダーが、標準化および自動化されたプロセスの導入が、これらのプロセスに組み込まれたアジリティとクオリティと共に重要な優先課題だと答えています。同じ調査で、67% の財務リーダーが、財務部門と事業部門間のパートナーシップの改善も重要な優先課題だと答えています。
これらの目標は実質的に、従業員を反復的タスクから解放し、価値の高いタスクに使える時間を確保できるかどうかにかかっています。自動化によって、特にトランザクション処理、監査、コンプライアンスなどの従来の基本タスクに関連した、財務専門職の負担を軽減することができます。現在の財務部門はこうした従来型タスクに縛られているため、戦略的ビジネス パートナーになることができません。McKinsey Global Institute 社が 2014 年に発表した予想では、最新のテクノロジーを活用することによって、財務マネージャの労働時間の 34% を構成する業務を自動化することができ、これらの業務から解放された財務マネージャはもっと戦略的な業務に従事できるようになるとしていました。
この明るい未来は現在どのような状況でしょうか。財務部門はより戦略的なビジネス アドバイザリーの役割を果たしているでしょうか?Workday は、先見性のある財務エグゼクティブが、反復的な業務や手作業による業務を自動化し、資金をセンター オブ エクセレンスの構築に投資しているのを目の当たりにしています。このような部署では、数字合わせの作業ではなく、財務分析および収益予測、戦略的リスク判断およびレジリエンス強化、コンプライアンスおよびコントロール、データドリブンな総合的財務管理へと業務における重点をシフトさせています。
一般的にリスクを避けたがると見られている金融業界ですが、実際には AI を始めとする多くの新しいテクノロジーをいち早く導入しています。規制要件がますます厳しくなり、人財のみによる対応ではあまりにも多くのコストがかかるため、リテール バンキング企業は AI システムを活用し始めています。Citigroup の推測によると、J.P. Morgan や HSBC などのメガバンクはコンプライアンスや規制に対応する従業員数を 2 倍に増やしています。このことで銀行業界が負担するコストは年間 2,700 億ドルに上り、営業費の 10% を占めるまでになっています。
定義上、AI とは、通常では人間のインテリジェンスを必要とするタスクを実行するための、コンピューター システムの開発を指します。こうしたタスクには、視覚認知、音声認識、意思決定などが挙げられます。専門家は AI と自動化を、効率的にコンプライアンスやリスクの課題に対応するための実用的なソリューションとみなしており、単にリテール バンキングだけでなく金融業界全体に適用できると考えています。
Accenture 社の金融サービス部門の責任者である Richard Lumb 氏は次のように語っています。「企業は規制当局の要求に対応するため、この課題に全力で取り組んできました。他に選択肢がなかったのです。しかし、私たちは現在、労働裁定やオフショアリングの改革から、自動化の改革にシフトしています」
KMPG 社、人工知能部門の責任者である Shamus Rae 氏もこれに賛同しており、「かつてないほど多くのデータをすぐに利用することができます。また、データ分析を通じたコンプライアンス管理やリスク管理を求める声が内部的にも外部的にもかつてないほど高まっています。こうした状況において、低コストで大量のデータを処理できる AI は、マネージャにとって無視できない機能と言えます」と語っています。さらに同氏は「コンプライアンスに加え、不正対策やマネーロンダリング対策にも AI を応用できます」と付け加えています。
AI システムを利用すればヒューマン エラーに関連するリスクを排除できる一方、伝統的にリスクを嫌う財務部門が「コンピューター」をどこまで信用できるのかといった問題も生じてきます。リスク管理部門と監査部門には、各プロセスが効率的であることの証拠が必要です。しかし、AI は大量のデータを処理すると同時に自己学習するという事実が、完全な正確性に関する疑問を投げかけます。意思決定の正確さにおいて、人間が 95% であるのに対してたとえば認知システムが 97% という数字を実現できるならば、企業にとって十分と言えるのでしょうか?そしてこれを判断できるのは誰でしょうか?また、正確性の目標を達成できたかどうかどうやって判断するのでしょうか?人間による介在が終わりコンピューターの仕事が始まる境界はどこでしょうか?
Financial Executives International、New York City Chapter のプレジデントである Matthew Cooley 氏は、以下のとおりもっともな論点を提示しています。「テクノロジーの進化により、さらに正確かつタイムリーなデータを利用できるようになるでしょう。しかし、このデータに基づき戦略的な決定を行う際には、必ず人間が関与する必要があります」
特に財務の視点から見ると、ここでお馴染みのパターンが現れ始めます。データ入力やトランザクション処理など、リソースを大量に消費する反復的タスクには、自動化や AI がよく適しているのです。ただし、先に述べたワークフォース削減という考え方とは大きく異なり、このような新しいテクノロジーに助けられながらも、高度なスキルを持ったワークフォースに依然として大きく依存しつつ、これまでよりもはるかに戦略的で効率的に業務を行う財務部門の姿が浮かび上がってきます。
James Manyika 氏、Michael Chui 氏、Mehdi Miremadi 氏は、その著書『These Are the Jobs Least Likely to Go to Robots』の中で、こうした考えを見事に説明しています。「マネージャの課題は、自動化によって組織を変革できる分野を特定し、次いで人間の労働力をコンピューターに置き換えるためのコストと、置き換わった後の職場にビジネス プロセスを適応させる際の複雑さを考慮した上で、価値を引き出すことのできる業務を見極めることになるでしょう。得られる最も大きなメリットは労働コストの削減ではなく、エラー数の抑制、アウトプットの増加、品質、安全性、スピードの改善による生産性の向上です」
AI と自動化が想定したとおりの効果を上げられるとすれば、財務チームは、それぞれの CEO が望む戦略的ビジネス パートナーになるためのツールを自由に利用できることになります。
トランザクション処理やガバナンス、リスク、コンプライアンス (GRC) に関する手入力やそれに伴うヒューマン エラーを低減できるテクノロジーのおかげで、財務専門職はそうした業務から解放され、もっと戦略的な業務に注力できるようになります。
しかし、AI に一気に移行する前に、アナリティクスに取り組み、情報の完全性と品質を確保するという観点から、財務リーダーには自分たちが保有するデータに関して行うべき作業があります。Oliver Wyman 社のデジタル・金融サービス業務のパートナーである Deborah O’Neill 氏は、ハーバード ビジネス レビューの記事で次のように説明しています。「自動化されたプロセスや構造化されたアナリティクスがクリティカル マスに到達する前に、高度な人工知能を大急ぎで導入する企業は、機能不全に陥る可能性があります。こうした企業は、費用のかかるスタートアップ パートナーシップ、理解できないブラックボックス システム、面倒なクラウド コンピューティング クラスター、コードを記述するプログラマーのいないオープンソース ツールキットを抱え込む可能性があります」
自動化を検討するとき、CFO は、貴重なリソースを浪費したりオペレーションを遅延させている分野について、自動化のチャンスがあるかどうかを自問すべきです。こうした分野には、プランニング、予算編成、収益予測、財務レポート、業務会計処理、配分および調整、照合調整、関係会社間取引、決算などがあります。言い換えれば、財務のワークロードの大部分で自動化によるメリットを得られます。
企業は大量のデータ処理を伴う反復的なプロセスを自動化する必要があります。特にその必要性が高いのは、GRC などの、アナリティクスや処理速度の改善が優位性につながる分野です。
主要な財務プロセスを自動化したら、CFO はデータを収集する方法を標準化し、データ入力が 1 回で済むように、構造化されたアナリティクスを強化してデータ プロセスを集約する必要があります。オンプレミス型のレガシー システムからクラウドに移行すれば、すべてのシステムが「ひとつの情報源」に依存し、アップデートがシステム全体に適用され、決断が単一のデータ ビューに基づくようになります。
EY 社が 2016 年に行った調査によると、57% の CFO リーダーが、予測分析や処方的分析のスキルを構築することが将来のために不可欠であると回答しています。また、IFRS や米国の GAAP の下で今後行われる数多の変更を考慮する必要があります。考慮すべき事項には、収益認識会計基準、リース、金融商品への変更を履行することや、これらの変更が財務部門だけでなくビジネス全体にどのような影響を与えるのかを把握することが含まれます。
監査担当者はリスクを把握し、監査を計画し、会社の主張を裏付けるため、定期的に外部データソースを検討します。監査手法に AI を組み入れるには、監査担当者はこれらのデータセットがどのように構造化されているのか、これらのデータが業界、クライアント、あるいはソース システムのものとどのように異なっているのか、これらのデータの信頼性を自身のソリューションに利用できる水準までもっていくにはどうすればいいのかを体系的に理解する必要があります。
最新テクノロジーと組織の最も大切な資産、つまり人財とのバランスを取ることが、財務の未来にとって鍵となります。財務部門は自動化による影響を最も受ける部門の 1 つであるため、CFO は、テクノロジーから成果を引き出せるかどうかが、常にそれを利用する人財の能力にかかっていることを忘れてはなりません。先ほど取り上げたように、業界の専門家は、手作業を必要とする面倒な業務がコンピューターに引き継がれていくにつれて、財務専門職がより戦略的なデータ解釈に従事していく可能性について好意的に考えています。
ただし、疑問はまだ残っています。なぜ企業はこの機会を利用しないのでしょうか。つまり、なぜ財務部門を変革し、継続的な変化に対応できるテクノロジー プラットフォームに最新のクラウドベース アプリケーションを導入しないのでしょうか?ベンダーのテクノロジー スタックを統合するためにカスタマイズを行い、アドオンを延々と追加し続けるのは、時代遅れとしか言いようがありません。今こそ変革を起こす時です。CFO は、利用しているシステムの再評価を継続的に行い、これらのシステムがビジネスのニーズを満たしていることを確認していくという意識を持つべきです。
こちらの記事の次のフェーズでご説明しますが、財務専門職、そして将来の財務リーダーに必要なスキルは、技術的能力と、テクノロジーにさらに精通したビジネス マインドのある CFO に対する事業部門からの要求によって大きく左右されます。